石門銘
石門銘

書 の 歴 史(中国編)〈10〉老本 静香

27石門銘

 竜門造像の最盛期が過ぎると、書の歴史として今度は、北魏の西の方と東の二地方に摩崖の書の力作があらわれます。摩崖というのは山の中の自然の石に刻ったものをいいますが、後漢時代(25220)以降に造られるようになったもので、現在残っているものでは、後で述べます開通褒斜道刻石(66)が最も古いものとされています。

 褒斜道というのは、西安から関中に通じる幹線道路の一つで、西安の西、眉県から南へ秦嶺を越えるルートです。「褒斜」というのは秦嶺にある谷の名で、[石門]というのは、現在の関中市から褒斜に入る入口の土地の名です。

 この褒斜道は秦時代からあったようで重要な幹線道路ですが、たびたび兵乱によって破壊されたり、風雨によって閉されたりしてきました。しかもたいへん嶮咀なところであるため工事が困難を極めたようです。

 そんなわけで何回となくこの道を再開したり修理したりしており、それらの完成記念に、また工事した人の功績をたたえる記録が摩崖に刻して数多く残されました。その中で最も古いのが「開通褒斜道刻石」で、隷書で刻されています。

 次に有名なものに「石門頌」(148)というのがあります。これは今月の石門銘とまぎらわしいですが、これも隷書で書かれていて、漢代八分隷書の典型の一つとして貴重なものになっています。

 ところでこれらの摩崖刻は、現在はいずれも切り取られて漢中博物館に保存されています。

 さて、石門銘は北魏西部の陝西省褒城県の褒斜道に刻された多くの摩崖刻の一つで、長い間不通になっていた褒斜道を、魏の羊祉が再び修理開通させたことを記念して、石門洞内に刻されたもので、文字は王遠という人が書いています。

書体は古風な楷書で、円筆方筆が混じっている感じで味わい深いものです。しかしこの書に対し、古くからほめる人と逆に鑑賞するのはいいが習ってはいけないという人と正反対の批評があって、まだはっきりした答えが出ていないようです。


鄭文公碑
鄭文公碑

28鄭文公碑

鄭文公下碑は、中国の東部にあたる山東省の雲峰山の自然石に刻された摩崖碑です.先月の石門銘とほとんど同じ頃に作られたものですが、書風は大分違います。

 この碑は鄭道昭という人が、父鄭文公(鄭羲)の徳を讃える文章を刻したものです。はじめは雲峰山からそう遠くない天柱山という別の山の石に刻したのですが、そこは石の質があまり良くなかったので、さらに探したところ、雲峰山に良質の石が見つかったので刻しなおしました。

 それではじめの天柱山のものを鄭文公上碑とよび、刻しなおした雲峰山のものを下碑とよんでいます。いまでは書の手本として使うのは下碑の方をさすのが普通になっています。

 この碑は書道史上で非常に高く評価されていて、摩崖書の中で最高傑作といわれ、多くの人が習っているところです。

 この書がなぜそんなによいのかと言いますと、大きな山の自然の中で書いた雄大さがあり、しかも書もたいへん巧く、晋の時代の包世臣という人が、「鄭文公碑には篆書の筆勢と八分の韻(おもむき)と草書のおもしろさが全部含まれている」とほめています。

 また鄭道昭の書は、円筆の代表的なものといわれています。書道の用語に円筆と方筆というのがあります。、円筆というのは点画が丸みをおびた書き方をいい、方筆というのは角ばった書をいいます。25,26で紹介した北魏の造像記などは角ばった字で方筆の代表的なものです。

 この碑を書いた鄭道昭は名門の上まれで、山東省の知事をしていましたので、その在任中にこの地方の山々に数多くの摩崖碑の傑作を残しました。それらが1500年の風雪にさらされながら今日まで残されてきたわけですが、それだけに永い間の風化作用により、石がかけたり減ったりして、はじめの書とは大分違うものになっていると思いますが、それでも非常に個性的で立派な書であることは間違いありません。


張猛龍碑
張猛龍碑

29、張猛龍碑

 しばらく北魏の書を紹介してきましたが、いずれも特徴のあるもので、未完成で素朴な感じがする、どちらかというと変った書というふうに目に映ったと思います。

 この張猛龍碑も、やはり北魏のものですが、これは美しい楷書です。今までのから2030年ほどしか経っていないのに、素晴らしく完成されたスマートな書であることに驚かされます。

この碑は今も山東省曲阜の孔子廟に保存されています。碑額に「魏魯郡太守張府君清頌之碑」と書かれていますが、清頌とは頌徳・誦徳などと同じく、徳をほめたたえるという意味で、張猛龍の徳を後世に伝えるため、その事実を記し碑にしたものです。

 碑文には猛龍の生涯が割合詳しく書かれています。父祖の偉業を継いで、よい民政を行ったことや、孔子ゆかりの地に学校を建てて儒学の復興を果たしたことなど、その人柄を慕い徳をたたえています。ところが文中のどこにも彼の死を悼む字句が見当りません。それでこの碑はおそらく張猛龍が上きているうちに建てたものだろうといわれています。

 この碑の文字は非常に鋭い感じで、研ぎ澄まされた刀のような切れ味を覚えます。どの筆画にもぴんと張った鋼鉄のような強きと響きを感じるではありませんか。

 字形も横画は右上りが強く、それが勢いを感じさせるのですが、中には横画や縦画が不ぞろいの間隔や角度になっているものがあったり、文字の中心かずれているものもありますが、それでいて不思議にバランスがとられています。

 この記事で今まで紹介してきた書は、どちらかというと専門的に研究する人が習うもので、一般の人が手本にして習うには無理なものでしたが、この張猛龍碑は楷書の手本として初学者にも向く、非常によいものと考えます。殊にこの力強い筆画を練習することは、筆力を養うのに恰好のものです。

 

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